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自我に拘る理由

離人症の話。

離人症という精神疾患がある。
定義が難しいが、
・自分に感情移入が出来ない
・「意識」が自分の中に入っていない
・自分と他者、の関係性が、他者と他者、の関係性と同じになる
こういう症状である。

実体験で言うと
「寒いと分かってるのに、寒いって感じないんだよね」
と友人に話していて、家に帰り症状を調べてみると、離人症のチェック項目に全く同じ項目があった、なんてことがある。

離人症になる多くの患者の発症原因は、人生のどこかでの大きな失敗や挫折、困難など、受け入れ難い現実からの精神の逃避行動にある。
防衛本能というやつである。
しかし僕はそうではなかった。これは後述。

何故この記事を書こうと思ったかというと、多分僕ほどに「人間は主体性が無ければあらゆる思考や行動が出来ない」ということを知っている人は居ないと思ったからである。

当時のことを僕は「地獄」と安易に表現するが、実際のところはそうではない。
これは他者に分かりやすく伝えるために用いている表現に過ぎない。
ありのままに当時の感覚を言葉で表すとしたら
「死」
である。

肉体としての器があるにも関わらず、そこに精神が宿っていない状態を想像出来るだろうか。
離人症患者の多くはそれを「辛い」「苦しい」と表現するが、実際のところ、そのエスケープ信号との自分の感覚には大きな齟齬があるのだ。
何故なら離人症患者は「辛い」や「苦しい」をうまく享受出来ないからである。

本当は
器としての自分の存在を認知し、空洞なのにも関わらず活動している自分を淡々と見つめていく上で離人症患者は、自我のあった頃の記憶を事実として思い出そうとし、そのギャップに【苦しむべきである】という感覚に陥る、という表現が正しい。

これは宙に浮いた精神が持っている生存本能みたいなものだと思う。
本当は「苦しい」でも「辛い」でもないのに、その状態を極めて危険な状態だと判断している。
何も無かったし、これからも何も無い、享受するものもなければ与えるものもない。否、享受するものがなければ、与えることに意味はないのだ。
本当の意味での、無意味。

生まれ持っている僅かな自分が抗っている感覚。
確信的なまでに「戻れない」と思わせる癖に、そんなことは人生でそれ以上ない恐怖のはずなのに、それを享受することすら出来ない、死。

この感覚を言葉で表現するのは難しいのだ。


離人症患者は記憶障害を伴う。
これは多分、他の病気の記憶障害とは異なるものだと思う。
離人症患者が発症する記憶障害は「事実としてでしか思い出せない」という症状なのだ。
あの時は悲しかった、あの時は楽しかった、
そんなことを思い出す時、普通人間はその時の感情も伴ってその出来事を思い出す。
離人症患者はそれが出来ない。
悲しかった、楽しかった、
あらゆる記憶の全てが、その言葉だけで象られることになる。
そこに揺れ動きは一切ないのだ。

これは多分「思い出す」と言えない。
ただひたすら暗記した事柄をなぞるように、覚えてる覚えてる、と自分を安堵させる。
本当はそんなことをしたいわけではないのだ。
喪った感情を取り戻すため、常に思考を繰り返す。
意味を求める。

自分の指の微かな動き、右足から歩き出したこと、紛れもない自分の「手」であるということの確認。
そんなことを繰り返す。

それまでがそうだったように、ここからがそうじゃないはずがない、と言い聞かせる。
しかし、宙に浮いた精神は一向に戻ってこないのだ。

この話をするたびに、想像と感受、はこれほどまでに遠いものなのか、と痛感する。

伝わらない理由として、健常者は
自意識が無い自分を観測することが無いから、である。
催眠状態の自分を"自分目線"で観測することは出来ない。
人は活動する時、常に自分であるからである。

普通に生きていれば、肉体と意思を大別しない。
だから
「私が公園へ行く」
という表現になる。
離人症患者は
「私の意思が私の肉体を公園へ行かせた」
となる。

これは感覚の細分化に近い。
「私が公園へ行く」という表現に違和感が無いのは、肉体と意思を大別する必要が無いからである。私は私だからだ。

世界が離人症患者だけになったら
「私が公園へ行く」
という表現は生まれないかもしれない。
肉体と意思を一緒にする、という発想が生まれないからだ。

そう考えると、人は上手に線引きをして生きているのだな、と思ったりもする。




離人症になった原因を話そうと思う。
僕は"離人感"自体は中学の頃からあった。
突然意識が宙に浮くような感覚。数秒。
頻繁ではないが、そういうことが時々。
しかし、これは特に実害のあるものではなかった。むしろ心地いいくらい。

僕は中学生の頃に冷める癖があった。
楽しい時や喜んでいる時に、ふと我に帰る感じ。
俯瞰していた訳ではなく、純粋に、楽しいという感情の行き場がどこなのかが分からなくなる時があったのだ。

楽しんでいる時の自分が、何故ここまで他のことを蔑ろにしてまでのめり込んでいるのか、考えれば考えるほど分からなかった。不思議だったのだ。

そんなことを考えていたら、一つの結論に至った。
高1の頃である。
"幸せは精神に還元されて、もうそれ以上は無いんだな"。

人は夢を持つ。
それは、想像ではなく実感したいからだ。
私にはその違いがよく分からなかった。
精神という目的地に向かう手段であるならば、何を使おうが同じだった。

想像も、実感も。精神という存在の前では差異が無かった。どう考えても。

ともあれ、"幸せ"ということに拘る理由は、それが精神にとって一番良い状態だからである"と分かった。

そう思った時、僕はもう生きている意味が無いと感じた。
だってもうそれ以上は無いから、である。
そこは目的地なのだから。
幸せになる自分を想像して、想像の中で感受して、想像の中で完結したのだ。

自転車を漕ぐのをやめ、僕はそれを手で押し始めた。
この幾千キロメートルにも及ぶ空一面が、空虚に思えた。
この広大な空も、ファミリーマートも、自転車も、僕にとっては【同じ】になってしまったのだ。


それからは、楽しんだり、空虚になったりを繰り返して過ごしていたが(実は一度自殺を試みている)、大学3年生の時に突然離人症になった。
突然、である。

多分、期間は2週間程度だったと思う。
でもこれは、多分。
離人症の頃の記憶は思い出せないことが多い。
実はその時の感覚も、思い出すことが難しい。
なんかうまく言葉には出来ないけど。
一つの人格としての記憶が上手く繋がっていないのだと思う。

しかし、離人症を何とか治し(悪霊に取り憑かれたと自己暗示し続けて治した。これマジだから重度の離人症の人は本当に試して欲しかったりする。)、なんとめちゃくちゃ元気な状態で復活したのである。

幸せがどうのこうの、みたいな感覚の根幹は全く変わらずに、そこを自分に都合良く線引き出来るようになったのだ。

これは多分、離人症という病気の重みが、救えない幸福観を持っている自分、を上回ったからだと思う。

人間はよく出来てる。マジで。

離人症、にも程度があって、普通に慢性的な離人症ではあったんだけど、"死にたくなる感覚"みたいなのが中学の頃から好きではあったから正直そんなに苦痛じゃなくて。

ただ、重度の離人症になった時は、これ以上は無いって確信した。
自分の人生でこれ以上の"負荷"はかかりようがない、という確信。

唯一、自分の人生で「糧」みたいなものになってるかもしれない。
逆算的に行動すればいい。
離人症にならないように行動して、状態を維持すれば問題ない、みたいな。

とにかく重度の離人症になったら何も出来ない。
まさか自分がパニック障害みたいになるなんて思ってないでしょう。俺が一番思ってなかったからな。
自我が揺らぐってマジでそういうことなんだよね。
どれほどまでに自意識が自分を安定させているかが分かる。

自分の顔面を何回引っ叩いたか分からない。
離人症になって初めて、"痛覚"が自分を証明する一番のものだって分かったからね。


終わり。









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コメント

No title

ほうほう面白い話ですな
メタ認知に似てるけど全然違うものっぽい

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