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未確認生命体っているの?

我々人間が考える【生命体】の定義は、我々が観測、又は科学の力により推定出来る域に収まる。

では今回の記事では、恣意的なその考えを取っ払って生命体の可能性について考えてみる。

私は【生命体】の定義そのものが極めて甘いものだと思っている。
それは定義という言葉の位置付けが、人間が科学的又は論理的に理解出来ることに留まらなければならないからだ。

この世界には、定義出来なくても、相応に納得出来る考えが幾つもある筈である。

まず、私はこの世界(仮に【宇宙】とする)に生命体は無数に且つどこにでも存在すると考えている。
今回はその理由を出来る限り言語化してみる。

前提①
現在、科学では宇宙が出来て、138億年とされている。
この記事では、宇宙は100億歳とする。
前提②
生命体の定義を【能動的な活動をするもの】とする。

②に関してだが、この定義付けを「能動的か否か」を判断することが出来ない、という見方をするのは一向に構わない。
そこに関してはそれで問題ないからである。


まず最初に主張したいのは、寿命100年の我々はその人生で培った知識や経験に捉われるということ。
一度柔軟に考えてもらいたいのは、100億という年月の中の100年の短さと、その宇宙の中の地球という惑星で出現した人間という一生命体の矮小性である。

35億年前のシアノバクテリアという藍藻の一種が生命体の誕生、などと言われている(諸説あり。現在では認められていないようだがあまり重要ではないので割愛)。
藍藻というのは簡単に言うと自発的に光合成を行う細菌である。

ちなみに人類の誕生は600万年~700万年前のアウストラロピテクスだとか。

まぁこの辺の話は正直重要じゃない。

では早速本題に入る。

【100年しか生きられない私たちにとっての100年は、100億年生きられる生命体にとってのおよそ30秒である】。

100年は3153600000秒である。
100億年は100年の100000000倍である。
つまり、我々は100億年生きる生命体に対しては31.5秒しか人生を丸々使っても干渉出来ないことになる。

ここで私は二つの説を提示する。
それは
①我々人類が定義出来るのは、化石等から得られる情報、又は我々人類が観測し得る"100年単位"での活動に対してのものに限る。

②活動速度によって、寿命の長さが変わる。

我々は同活動速度の生命体しか観測出来ないということである。
100億年で31.5秒しか変化が無い(100年での変化は見られない可能性も高い)生命体を我々は絶対に観測出来ないし、逆に、0.01秒で絶命する生命体も恐らく観測出来ない。

我々人類が驕っている点は、我々の時間の速度と同等の時間の速度で生きているに決まっている、という前提の下に生命体の存在を考えることだと思っている。

だってその方が不自然じゃないだろうか。

100億年の歴史がある中で、100年程度で一生を終える私たちが生命体の寿命なんてその程度だと主張し、認知出来ない能動性を、生命体ではないと言い切ってしまうことの方が。


終わり。



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