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ソロモンの偽証 後編・裁判

『ソロモンの偽証 後編・裁判』
成島出
☆4.0

こういうのがやりたいって思ったのを巧く描けていると思う。空回りしていない感じ。これは原作の宮部みゆきに天晴れと言うべきであろう。

これは前編だった気もするが、画角の向こう側では雨が降っていなくて手前側では土砂降りという珍しい演出ミスがあった。ちょっと笑ってしまった。

それは置いておいて、概括は前編と同じだから省略する。
一点、自分ならこうした、というのがどうしてもあるのでそれを書く。
以下、ネタバレ注意。観たい人は観てからの方が良い。










【以下ネタバレ】
本作では、いじめられっ子が二人出てくる。
どちらも女の子で、その二人にも同級生ながら上下関係がある。
本作は主軸になっている題材が大きく2つあって
・学校裁判という舞台装置での公開尋問
・【いじめる人といじめられる人の心情変化】

2つ目に関して、取り上げたいと思う。
今作において、いじめる人の心情変化はこうだ。
後編終盤で、反抗的な態度しかとっていなかったいじめっ子が握手という行為をする。
ここからどんな心情変化を読み取るかは自由だと思うし、これは良い。

いじめられる人の心情変化はこうだ。
一人(上下関係の下の子)は事故で死んで、一人(上の子)はもう一人のいじめられていた子に対して最後に泣きながら謝る。

とまぁそれは良い。
それは良いんだが、この作中に登場する人物は全員【リアリティーを纏いながらも作品に最終的に逆らわない】。
全然悪いことじゃないし、そういう作品は好きだ。

ただ、「いじめ」にフォーカスを向けるなら、【いじめで歪んだ救いようのない人格】を残酷に描くのがリアリティーでもあるのでは?と"強く"思った。
自分ならこのメッセージ性なら、いじめっ子の冤罪には歪んだ笑みを浮かべ、いじめっ子の無実が晴らされた時には憎しみで一杯になるいじめられっ子を描く。

本作では言及こそないが、基本的には「赦し」という心情で終わっている。
そのパターンも用意した上で、上記パターンも用意したいという意味。

公開尋問でいじめっ子の罪を生徒、父母に暴き、まさに公開処刑といったような形でいじめっ子を成敗しているにも関わらず、"いじめ"という行為によって歪められた人格がいとも簡単に直ってしまうと"いじめ"というものの残虐性が損なわれると思うのだ。
少なくとも自分はそう思った。

それだけの舞台装置は整っていたはずなのだ。
たとえ、そういった役柄のいじめられっ子が居たとしても共感装置が働く程度の強めのメッセージは作中に孕まれていたはずなのだ。

そういう意味では本作は凄く丸い作品。
ただ、刺々しかった球体から棘が全て消えるのがリアリティーある映画とは思えないかなぁというのが本音。

でも棘って全部消さないと、共感装置が働かない壊れたマリオネットみたいな人種が結構多いからなぁ、とも。

まぁ創作者はそんな懸念よりも、真っ直ぐに綺麗事を貫いた綺麗な作品を作りたかったのだろう、と評するのが正しそうってのは間違いない。

飽くまで私見として、ということで。
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