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センター数学、確率のやつ。

今年のセンター試験の数学の確率のやつについて。


この問題。
コインの表裏の確率が2分の1って明記されてねぇから全員正解、みたいな雰囲気になったやつである。

どうやら、背理法みたいなやり方(答案用紙の作りから2分の1にしかならない)で不備が無いことを説明していた凄い人がいるが、その数式の意味が分からなかった(算数までしか分からない)のと、そういうの無しでこういうのが出てきたらどうなるんだろう、というのを自分的に考えてみるかーという感じでちょっと考えてみる。

まず、割りと自分の中で気になる、というか気になってたのは算数や数学で文章問題が出ること。
これらは数子(算数や数学で用いる専門暗号)を使って表すことを目的としているので、論子(日本語と捉えてもらって構わない)を用いた問題があることに不可解さがある。ていうかあった。

算数や数学において文章問題というのは
「論理のルールを最低限知っているということが前提化されていて、数子だけでは現実に紐付けにくいため、(特に)小中学教育などでは教え方が難しい。」
この辺から来た妥協点であると考えている。
つまり、算数や数学としての学問に誠実な性質という形態を採るよりも、現実的な手法を優先したということ。

そしてこの問題に不備が無いことが認められるということは、コインという言葉は知っている、という前提が存在するということである。
答案から確率が一義的に定められるから平気、という論は果たしてこの表記が「サイコロの1と2の目が出る時」になっていたとしても成立するだろうか?
その場合、サイコロが六面体であることを知っていなければならず、仮に背理法(みたいなの)で一義的に定義出来たとしても既知者と不知者の間で公平を保っているとは認めがたい。

ここで問題になるのは、"コイン"や"サイコロ"という言葉に目を向けるのならば他の言葉はどうだろう、ということである。
そして他の言葉を知らなかった時、答えを導けるかどうか、である。
答えは無理である。

「たろうくんの家から公園までは3mあります。たろうくんは秒速30kmで歩きます。たろうくんは徒歩で家から公園に行くには何時間かかるでしょう」
使われている数子は"3m""30km"のみである。

つまり、3mと30kmという言葉のみから答えを導いてみよ、という話になるのである。

折角なのでこの文章を見ながら考えて欲しいが、他にまだ論理の問題がある。
一文目、家から公園まで
最後、家から公園に
という文はどちらも「家から公園まで」だった場合論理的に同じ意味だと判断出来ることは前提とすべきか。
同様に「歩きます」と「徒歩」はどうだろう。
同じであれば同じ意味、であれば
公園までの"で"と、かかるでしょうの"で"は同じ意味でなければならない。

破綻破綻。
こんなもの終わってるのだ。
文章問題というのは数学に対してストイックではない。
美しくないのだ。
不平等である。
だからコインとかに限らず文章問題は全部破綻してる。
どこらへんが妥協点として適切か、みたいな話は俺は興味ない。
終わり。

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