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常識について

常識という言葉を調べると
「健全な一般人が共通に持っている、または持つべき、普通の知識や思慮分別。」
とある。
私は辞書で言葉に対しての理解に勤しむという活動が好きではない。何故なら辞書通りの言葉の使い方を徹底するということは、話者に辞書通りの意味の認知を求めることになるからだ。
この常識という言葉を辞書で調べた人間は日本人の0.1割にも満たないだろう。
なので私の思う社会の理想は、誰かしらが解釈につまずいた時に言葉の意味を言及する、というものである。
まぁ、概ねこの世界のそのままの在り方のままで良い、ということだ。

ではそれに則って、今回は私がこの"常識"という言葉にメスを入れていこうと思う。

端的に言うと"思慮分別"の部分、これを消して良いと考えている。
理由は、私の経験上、"共通に持っている思慮分別"の意味で常識という言葉を使う輩に会話が出来る人間が存在しないからである。
そもそも会話をしようとしていない状況なら大いに結構だし、大抵は場を盛り上がらせるためのネタであることが多い。
コショウをいっぱいかける奴に対して「非常識すぎん?」と言ったり、まぁそう言った場面だ。それは全然良い。

問題なのはこちらだ。
私「~だと思うんだよな」
輩「非常識なこと言いますね」
とまぁこんな感じのパターン。
常識という言葉を使わずとも意味合いが同じになるやりとり全てだ。
また、輩の発言意図が単なる事実確認(私の主張がマイノリティーであるということの確認)であれば問題ない。
しかし大抵は、常識という言葉を武器にして
「あなたの主張は間違ってますね」
と言いたげなのである。

この時の輩の武器は、自分が過ごしてきた環境から推察される多数派への共感であり、彼はそれをそのままトレースさせている環境の歯車に過ぎない。
何故ならその感覚を常識という言葉一つで解決しようとしているからである。

正直無意味である。
マイノリティーな主張をする人間は大抵がマイノリティーであるという自覚を持っているし、多数派だからそうすべきと言われて納得するくらいならばとうにそうしているのだ。
そう、彼らはこちらが多数派だからそうすべき、としか終始言わないのである。
であれば、環境そのものの多数派が逆転した時に、彼らは"少数派だけど俺が合っている"以外の言葉を並べないべきだ。
そして彼らをそういう存在として認識した時、彼らと会話する価値は無いなと思う。
何故なら突き詰めていくと彼らは何も言っていないからだ。ハンバーグが好きだーと言っているだけである。

そうなんですね、で終わりだ。

さて
"脱衣所"という言葉がある。
この言葉を最初に聞いたのは小学生の頃だったと思う。
私は脱衣所というものを知らなかった(両親に倣い、私はその空間をまるごと"洗面所"と呼んでいた)私は、脱衣所知らないのー!?
みたいにクラスメイトから笑われたことを覚えている。

非常識ってこれだ。
非常識ってこのパターンだけで良いと思っている。
一般人が共通に持っている知識。
ここには考え方など、雑多な感情が介入する余地が無いので、単に他と比べて無知な存在としてカテゴライズされるに過ぎない。

こちらも、ああ無知だー、となるしかない。

しかし、多数派が正しいという前提のもとで発信をしていない人間に対して理由なく多数派だから正しいみたいに言ってくる人に対して私は会話を拒む。
だってその人は多分会話が出来ない。
会話が出来ない人と会話をしようとするのは結構疲れるのだ。しんどいのだ。ヘトヘトになるのだ。


終わり。

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