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NANA、NANA2

NANA
☆4

少女漫画原作(著者:矢沢あい)。
私は読んでいない。

同じ名前を持つナナ(宮崎あおい、中島美嘉)の物語。
バンドを通じて二人の精神的変化が描かれる。

宮崎あおいの手記と思われよう回想部分で全体が締め括られており、回想のまま終わった。

NANA2があるんやね。
この世の終わりかと思った。何故なら終わってないのだ。終わってないのにエンドロール流れ始めたので私の人生の方が終わったのかと勘違いした。

NANA2観ます。

NANA2
☆4.5
途中で観るのを躊躇った。
何なら辞めた。
理由は主演の宮崎あおいのキャストが変わっていて全く別のストーリーが始まったからだ。
宮崎あおい→市川由衣
松山ケンイチ→本郷奏多
松田龍平→姜暢雄
と変更されている。
この作品は宮崎あおいでないと成立しないと思っていた。

しかし、その考えは視聴一時間ほどで覆る。
【宮崎あおいでは想像出来ない展開】
これだ。
NANAで演じてきた宮崎あおいが変貌する様を見つめたくないという感情がきっと強すぎて、彼女がもしそのまま演じていればエキセントリックなB級作品とでも評することになったであろう。

毒を以て毒を制する程の女優力が彼女にあることは間違いないが、それ以上に彼女は、彼女が彼女であり続けて欲しいという感情を視聴者に抱かせてしまう天賦の才の持ち主でもあるのだ。

ある作品では薄幸な少女を、ある作品では幻想そのものであるかのような淑女を、そしてこの作品では天真爛漫で純真無垢な十代を。

彼女の演技に無条件にフォーカスが向けられてしまうほどの彼女の魅力を崩したくない、視聴者はそんな風に、謂わば勧善懲悪的に彼女を見つめる。
映画という画角の中で一際目立った存在である彼女は、その映画の題材を"宮崎あおいの有様"へと変貌させてしまうのだ。

そこで起用された市川由衣であるが、彼女に視聴者は何も求めない。女優としての魅力に差がありすぎるからだ。
可愛いのに可愛らしくない。
絶望的なまでにそのキャスティングそのものがNANA2のストーリーと合致していた。

世間にどうしても評価されないこのNANA2であるが、NANA2を私は絶賛したい。

数多あるこの世界の作品群の中で、どう転んでも驚かないものというのは多い。
何故なら作者に驚かされるケースは与えられた土台の裏表を入れ替えるか、与えられた土台そのものを壊すか、この二つしか無いからである。

しかし、この作品は違う。
乗せてきた感情そのものが壊れる。
物語というのは時折こういう結末になる、という様相を我々に見せる。そしてその様相に逆らった時、その作品は我々にとって駄作になる。その世界観の織り成すストーリーがその世界観に寄り添っていない、ということになるからだ。

この作品は"ある世界観を視聴者が身勝手に解釈し続けていた"のを矯正する、という働きがあった。

つまり納得がいかない、と揶揄される部分に関して、私たちは【作品という画角】に何らかの希望的観測を拭え切れずにいた、と再考すべきだったのだ。

我々はナナという人間が純朴で愛おしいと感じるあまり、一つのリアリティーを潜在的に排除し、そこにノスタルジーを描き切ってしまった。

崩れるはずがないという確信と、何もかもが綺麗に纏まっていくという錯誤の中で作品を観ていたのだ。

人間の内在的な善悪を身勝手に隔てた上で、善の部分にフォーカスが当たり続けるという我々が恣意的に作り上げた桃源郷が悪へと変貌した時、普通の作品の比ではないリアリティーを携えてそいつは返ってくる。

思い通りにさせたくないという作り手の意思ではなく
思う通りに勝手にしていた我々の非というものが発露した時、この作品が傑作だと気づくだろう。

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